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侮辱共同幻想

マゾヒズムとは、不可避的に蒙らされた屈辱をあたかも自ら求めたかのごとく自己欺瞞することによって、その際の屈辱感を薄めようとする、或いは、ある軽い屈辱をわざわざ受けることによって別の重大な本当の屈辱をごまかそうとする自我の防衛策ではないかと考える説がある。
女になる為にはこのような自己欺瞞が必要であることにフロイドは気づいていたというのである。性交に関して、女は、犯される屈辱にマゾヒスティックに甘んずるか、それに反発して脅迫的にやってやってやりまくるか、男にお預けを喰らわせて復讐するか、全く拒否するしかないのであろうか。

このような考え方は、性交とマゾヒズムを結びつけて論じるものであるが、SM愛好家ならよく理解しているように、SMと性交は必ずしも結びつかないのである。どちらかというと性交ナシのSMプレイが基本である。お互いに性的サービスはするだろうけれど、性交が必須であることはない。
性交が女にとって屈辱的であることは分かるが、屈辱的であるはずの性交を必ずしもしないSMにおいて、自己欺瞞をしてSMプレイをしなければならないことがあるであろうか。私にはマゾヒズムが自己欺瞞の結果生じているという説には賛同できない。

さて、性交を女に対する男の侮辱であるとする共同幻想を克服すれば問題は解決するであろうが、その克服は何故難しいのであろうか。お互いの了解の下に女を侮辱する幻想をプレイ化して行うSMプレイは女を真に侮辱しているのであろうか。それとも反対にSMは性交における侮辱共同幻想からの克服手段であろうか。
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