一流。。。
彩は絶望感に気を失いそうになりながらも、途切れ途切れに答えた。
「あぁ・・・・。。
わ、わか・・・りま・・した・・・
な、・・なんとか・・・・・21日に・・・・・都合をつけますわ。」
私にとっては、この彩の切ない声で仕方なく、私の申し入れに応諾する彩の返答は美しい調べのように、耳に心地よく聞こえるのだった。
どうせ、当初の予定は彼女のフィアンセとでも逢瀬を重ねる日であったのだろう。
心待ちしていたであろうフィアンセとのその日と、おぞましい私からの誘いの日とが重なってしまうのも皮肉な話だ。美しく正しいものは、邪悪なものの前にはなんとも無力であろうか。彩はフィアンセとの逢瀬をキャンセルをして、私の前に立つことを選ばなければならないのだ。
そもそも偶然とはいえ、幸せな日とおぞましい日が重なること自体に彩にはつきがなく、私に運の風もなびいているという事なのだ。
ふふふ。。。。。
私は彩を高級レストランに誘うことにした。
この彩という女は、俺が好む大衆的情緒のある店よりも、品のある一流レストランのほうが似合う女なのだ。そして生意気にも、俺が好む大衆的情緒を蔑むようなところがあるのだ。
おちぶれたとはいえ、彩には生まれ育った環境に培われた品だけはいまだに備わっている。そしてそれを崩すということがないのである。だからこそ私に執着されることになったのだが、私の責めを受けてもそれが崩れるということがないのである。羞恥に悶え、悦楽に身を苛まれても、その部屋を出るときには何もなかったかのように、取り澄ました品のある美しい顔に戻るのである。
そして、私には一度たりとも目を合わせることなく、自分を責めた私などはそこに存在していないかのように毅然とした態度で私の前から去っていくのである。
私としてもひとりではなんとも不似合いな高級レストランでも、彩と一緒だとそれなりに振舞えるから不思議だ。エレガントな彩をエスコートできることは、俺の楽しみでもある。
今回選んだレストランは、彩がまだ写真を撮られていることを知らなかった時に、一度一緒に来たことがある。一緒に来たというよりは、彩に連れて来られたといったほうが正しいかもしれない。この知る人ぞ知る会員制の高級レストランに入る勇気を私はそれまで持ち合わせていなかったのであるから。
重厚な門構え、かしこまったギャルソンの出迎え、エントランスからテーブルまでのヨーロピアンクラシカルな長い通路、どれをとっても私を畏敬させるのに充分だった。
そして彩は私と違って、その舞台に立って当然という風情なのだ。いや、その中にあってもひときわ目立ち、他の客を見回しても彩に勝る美しさを持った女性客はいなかった。
カチカチのマナーでかたぐるしさや野暮ったさを感じさせることもなく、適度に崩しながらも品格がある身のこなし。俺がこんな素晴らしい女と供にディナーの時間を過ごせるとは夢にも思わなかったことだ。
彩という女は、なんでも一流を好む。フィアンセにしても、友人にしても、みなその分野では一流なのだ。面白いことだが「奴隷」を選ぶにもその気質が表れる。彩の「奴隷」達は、表の社会ではそれぞれ尊敬を集める地位のある立派な紳士であるらしいのだ。
しかし彩の一流好みは、彼女に最大の難儀をももたらした。それはSMを利用するに当たって、私を選んだことだ。私をSMでは一流の男と見込んで、そのバックアップを依頼したのだ。そのおかげで災いも一流のものとなった。ある意味、その選択は正しかったとも言える。一流の屈辱や恥辱を味わえるのだからね。。
ふふふふ。。。。。
さて前回のディナーの話に戻ろう。
彩とディナーを供に出来た感動や、ワインの上質な味も手伝ってか、私はひとり上機嫌になり、このレストランでは不似合いな大きな声で話をしたようだ。大衆酒場では何の不都合もない声だが、このレストランではふさわしくなかったのであろう。
この時は、彩も何度か困ったような視線を私に向けたのだった。
作法をわきまえない私は、そんな彩に構わず話を続けた。今思えば私は気が付かなかったが、周りのテーブルからも怪訝な目で見られていたのかもしれない。
彩は突然席を立った。
「失礼するわ!」
俺は何がおきたのか、一瞬分からずにチェックを済ませ彩の後を追った。
「突然にどうしたのですか?」
と、聞いた私に彩は不機嫌な口調でこう言った。
「鬼縄さん!
私と食事をなさるのなら、最低限のTPOぐらいはわきまえて下さいな。
あなたの態度は周囲の方々にご迷惑ですわよ。」
今回彩を誘ったレストランは、そんな思い出のある場所なのである。。。。
| 彩の場合 | 02:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑